第1回 Diabetes(糖尿病)

 糖尿病という病名は、日本で何時ごろから用いられるようになったのでしょうか?

現在、日本だけでなく、世界的に糖尿病は増加して、インスリンを発見してノーベル賞を受賞したバンチング誕生日を“世界糖尿の日”として、その予防を進めている事は衆知のところです。日本では“糖尿病”と言われ、世界欧米では“Diabetes mellitus”略して“Diabetes”が一般に用いられています。“Diabetes”はサイフォンを意味する言葉で、糖尿状態に成ると多尿が起こり、体から水分がどんどんと出て行くと言うことで名付けられたとされています。東洋医学では消渇、多尿症と言われた病状が対応することはほぼ間違なく、消渇には、甘い多尿症、と薄い多尿症、が有ると記載されていますので、“Diabetes mellitus”と“Diabetes Insipidus”を既に識別していたようで、現在では、前者を糖尿病、後者を尿崩症と名付けています。 では、日本で、何時頃から糖尿病という病名が用いられるようになったのかとの疑問が起こって来ます。1872年の内科摘要には“尿崩、ダイベテス・インシビヂュス”と“蜜尿病、ダイベテス・メルリチュス”と既に二つの病気があると区別し記載されていますが、まだ糖尿病と言う病名は無く、それに当たると思われる病名として“蜜尿病”が記載されています。糖尿病と言う病名が一般に用いられるようになってからも、糖尿病学会の中で一時期、高血圧症のように、糖尿病よりも高血糖症(病)が良いのではとの意見も出されたことですが、その病名は学会に定着し無かった様です。では、何時頃から糖尿病と言う病名が記載されたかを見ますと、1872年の内科摘要には“蜜尿病”が、1876年の“検尿必携”では“糖尿病”が一部に記載されているので、この時期が最初でなないかとされています。1888年の“漢洋病名対照録”では、“消渇”の洋病名は“蜜尿病”であるとし、又は“甘尿、甘血、糖血病、糖尿病、葡萄糖尿”とも呼ぶと書かれ、19世紀末では“蜜尿病”が尚一般的な病名のようでした。その後の代表的な医学誌3誌には、蜜尿病と糖尿病の両病名が使用されていて、その使用頻度を調査した成績では、1891年までは蜜尿病の方が多いのですが、1907年の論文から後は、蜜尿病は見られなくなったとのことです。特に第4回日本内科学会講演会の宿題報告で、“糖尿病ノ原因及病理”“糖尿病ノ症候及療法”の発表があり、1908年の第4回日本内科学会誌にその時の報告が掲載され、その記事の影響が強く、その以降、糖尿病に統一されたように思われます。丁度19世紀から20世紀へ新しい時代を迎える時に当たるわけです。古くは、“消渇”と言われ、江戸時代には“尿崩”と言われた病が、“蜜尿病”となり“糖尿病”として今日、医学のみでなく一般の人々にも定着した経緯だと思われます。


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