第2回 食べるラ―油とカプサイシンの不思議(後半)

<辛み作動物質と受容体>

現在では、味覚に対する刺激物質として、甘みの砂糖や、その他のカロリーの少ない糖、さらに、ほとんどカロリーの無い人工甘味料も合成されています。旨味のグルタミン酸ソーダやイノシン酸なども単離されて利用される様になり、香辛料の主成分も、胡椒のピぺリン、唐がらしのカプサイシン、西洋からし、マスタードのアリルイソシアネ―トなどが単離精製されています。
カプサイシンは更にその受容体も明らかにされて、外因性のカプサイシンの様な作動物質だけではなく、内因性の作動物質も沢山見出されています。カプサイシンの受容体に対しては、20種類近い作動物質が既に解明されました。面白いことに、化学物質だけではなく、温度がその作動性を示し、しかも43度以上で痛みとして作動することも明らかにされているのです。我慢風呂とは熱い風呂に我慢して入ることを言いますが、風呂の快適な温度は40-42度と言われていて、40度以下は少し“ぬるい”と感じ43度を越えると“熱い”と感じるとされて、皆さまも経験されていることと思います。43度を越える風呂は“熱い”と感じると同時に“痛い”と感じられる方が多いと思いますが、この43度がカプサイシン作動性の温度で、まさにドンピシャリと一致していたのです。カプサイシンを多く含む激辛ラーメンや激辛カレーを口にすると、受容体が刺激されて辛いと感じると同時に、痛い、熱い、口の中が火の様だ、水、水と言うのと符合します。更に、英語で“辛い”を“hot”と表現していたのもこの現象の為ではないでしょうか。激辛に水は定番ですが、温度を下げることで、カプサイシンの受容体の感受性が下がるそうで、経験にはちゃんとした科学的な裏付けも有るようです。
この様に世界三大香辛料の“唐がらし”の主成分、カプサイシン、其の受容体は口の中の辛みを感じるだけだはなく、皮膚での痛みの受容体としても、又、多くの組織臓器でも受容体が有って働いていることが研究され、此の受容体の拮抗物質を利用すれば鎮痛薬に成るのではとの期待も持たれています。面白いことに、カプサイシンを受容体に働かせますと、痛みを感じると同時に脱感作様の状態が起こり、痛みの感覚が抑えられる現象が起こるそうです。この現象を利用して、糖尿病性の神経症で、末梢神経の極めて強い痛みに対して、カプサイシン軟膏を塗布して其の痛みを軽減することが臨床の場で行われていると聞きました。香辛料が利用され出した初めは多分“薬味”と言われたように治療薬、薬とし人類が期待して利用し始め其れが、現在の様に料理のアクセントとして、食物を美味しく、又、食欲を増すようと利用される様になったのでしょうが、“唐がらし”のカプサイシンの場合、他の香辛料に比べ、其の受容体も明らかになってと研究が進み、原点に返って薬としても研究も進められてもよい様に思われます。
以下にカプサイシンの外因性、内因性の作動物質の一表を上げておきましたが、この中には大痲の作用物質、カンナビノ―ル受容体の内因性作動物質“anandamide”が含まれているのには驚きます。anandamideはアラキドン酸のアマイド誘導体で、“ananda”は“至福”を意味するサンスクリット語で、“至福をもたらすアマイド”と言う意味で付けられたようです。一時、ランニングハイと言う現象が一般の方も経験され、苦しくなると内因性のモルヒネ様物質、エンドルフィンが出て、外来性のモルヒネの様に、内因性のエンドルフィンが至福を与えて苦しみを和らげてくれるので、それを目的にジョギングをする人も有りとさえ聞きました。カンナビノ―ルにもやはりエンドルフィンの様な内因性の作動物質が有るのではと期待されている至福物質、anadamideですが、其の至福物質が痛いという苦しみの作動物質として、カプサイシン受動器に働くとはどのような意味なのかと悩みます。“苦あれば楽あり”“痛みの先には快感が有る”とも言い、“楽あれば苦あり“など人生の複雑な経験に、生体の作動物質と受容体の間でも相反する現象が起こっているのでしょうか。

<主な外因性及び内因性のカプサイシン受容体TRPV1作動物質>
カプサイシン、43度以上の熱、ethanol、piperine、shorarol、sanshool、cannabidiol、camphor、vanillotoxin、lidocaine、anandamide、lipoxygenase代謝産物、N-arachidonoyl dopamine、N-oleyl dopamine、oleoylthanlamine(OAE)、NO、細胞外陽イオン、
などと、外因性の作動物質には香辛料の刺激物質が含まれ、アルコール消毒で傷口が痛いのもなるほどと思いますが、局所麻酔薬lidocaine、お前もか、と思いました。しかし、眼科領域で表面麻酔の目的で点眼すると初め痛みを感じてから、麻酔作用の出ることが経験されているようなので、カプサイシン受容体は不思議です。先に述べましたカンナビノールの内因性至福物質anadamideも作動物質で有り事は更に頭が混乱してきます。anadamideはカンナビノール受容体を介して食欲抑制作用を持つそうですが、同じ内因性の食欲抑制物質 OAEはカンナビノール受容体ではなくPPARαに作用して食欲抑制が起こることが明らかになり、内因性食欲抑制物資として注目されていますが、これもカプサイシン受容体作動物物質で有るなど、一体何を認識して作動しているのか私には分かりません。
カプサイシンとその受容体には不思議な関係が有る様ですが、外因性の作動物質には、山椒、生姜、樟脳などの成分も作用しているようで、アルコールもウイスキーやウォッカのように濃いお酒は喉が焼けるようと言うのを経験しているので、なるほど、なるほど、と理解できるところです。痛みの内因性の物質とし以前から分かっていたアラキドン酸のlipoxygenaseの代謝産物もカプサイシンの作動物質であることも、やはりという感じがします。これらは何れもカプサイシン受容体を活性化するようですが、逆にカプサイシンが、カンナビノールやPPARαに作用して、至福感をもたらし、食欲抑制が起こると確認された報告はないようです。しかし、カプサイシンには脂肪を燃焼させる作用があるとされ、サプリメントとして多くの広告が見られますので、食べるラー油が女性に人気のあるのは、香辛料としての食欲増進よりも、体重減少に何か水面下の効果が有るのではと、想像してみました。
香辛料は旨みなどと共に私たちの食生活にアクセントを与えてくれる物質として、多くの先人が口にして「これはいける、利用できるぞ」と、ある場合は薬としての効果を期待し、ある場合は保存のため、更に、食生活を豊かにする物質して経験的に選んできてくれた恩恵を今味わい、それが生命科学の水準に前で高められてきた感じがします。
カプサイシン自身やその類似化合物から、鎮痛剤の開発がすすめられている報告も見ますが、カプサイシンは神経の中で、無髄神経を選択的に持続遮断する効果の有ることが報告されています。例えば中枢神経の迷走神経は副交感神経の根幹として、心拍動、腸管運動を左右することが知られていますが、その遠心性の神経は無髄神経であり、カプサイシンがこの迷走神経の遠心性刺激を遮断することが薬理生理的に証明されています。膵臓からのインスリン分泌の主役は、末梢血のブドウ糖が膵B細胞を直接刺激して起こるものでしょうが、その他に、脳に流れてきたブドウ糖によって、中枢が高血糖で有ると感知した時に、末梢のブドウ糖濃度が上昇し無くても、中枢は迷走神経を介して膵臓のインスリン分泌を神経的に促すこと証明されています。迷走神経にカプサイシンを与えることで、これを阻止出来ることが期待されるので、実際に試みますと、確かに血中のインスリン上昇を抑制する成績が得られました。この様に、カプサイシンン自身は香辛料では無く、医薬品、実験試薬としての利用もされて医療や研究の立場でも貢献しており、たいへん興味深い物質です。
先にも書きましたが、世界の三大香辛料に“唐がらし”が挙げられています。香辛料と言う限り香りと辛みが条件とされる訳ですが、胡椒は辛みよりも、あの香りが肉料理には欠かせないようで、洋風料理のTVなどを見ていると、肉に塩胡椒少々と言う映像を良く見かけます。ラーメンなども唐がらしでは無く胡椒が定番のようで、辛みよりもあの香りが、肉、脂肪系の料理には合うのではないかと思います。胡椒は英語でpepperですがラテン語ではpiperで、その辛み成分も先にあげたカプサイシン受容体の作動物質piperineと同定されました。“唐がらし”は胡椒ほどの香りはありませんが、鼻を近づけると臭神経を刺激する感じがしますが、香りと云うよりも刺激臭と云った感じです。ですから唐がらしは、香辛料としては辛み刺激が主体の様に思います。

<辛みの無い唐辛子は気の抜けたビール?>
最近、辛みの無い唐がらしが、話題に成っているようです。辛みの無い唐辛子は気の抜けたビールのように思いますが、唐がらしの旨味や脂肪燃焼効果が有るのとのことで注目されているようです。先日NHKの“試してガッテン”と言う番組で、子供でも平気で食べられ、あの唐がらしを、美味しい美味しいと食べていました。作り方の秘密は、沖縄の郷土食で、唐がらし(たかのつめ)を食用油に長く漬けておくと、辛みのカプサイシンが油に溶けやすい性質を持っているので、食用油に溶け出て、唐がらし自身の辛さが無くなり旨味が残るのである、と説明されていました。そして利用する時には辛くない唐がらしと、時には辛みが溶け出た油を食べ物に少し入れて、辛みとしても理由するとしていました。私はその放映を見て、「辛みの溶け出た食用油は「ラ―油」じゃないか」と、思わずTVに向かって叫んでしまいました。ご存じの方も多いと思いますが、新潟地方に“かんずり”と言う香辛料が有って、スーパーなどでも見かけることが有りますが、これは、雪の下にひと冬保存したもので、唐がらしよりも少し辛みが少なく、或る種の旨味を感じる薬味です。皆さまご存じの西洋にはタバスコと云うのが有って、これも辛いですが、唐がらし自身よりも微妙な旨味が有るようで、加工された香辛料としての位置を確立しています。これらの東西で直接唐がらしを利用する以外に、加工することによって、より優れた香辛料として利用しようとする知恵が働いているようで興味が持たれます。こう考えますと、唐がらしには、辛いと云うだけでは無く、旨味と云う成分も含まれていて、これを強い辛みからどの様に分離し、又、それを引きだすかを各地の人々の知恵と経験で作りだされた新しい香辛料とも言えると思います。この様に、唐がらし自身に旨味成分が有るとすれば、辛さを辛抱して無理をして食べ無くても、辛く無い唐がらしを作ろうと考えるのは、先に私が、“辛く無い唐辛子は気の抜けたビールの様だ”と早合点したのは軽率だと思います。
旨みの開発の先駆的な会社として、誰もが味の素株式会社を上げると思いますが、突然変異で、辛く無い唐がらしを見出し“CH-19甘(種)”を確立して、そこからカプシエイトを抽出して、その脂肪燃焼効果、体重増加抑制効果を2010年10月、24-28日の北米肥満学会で報告しています。 その辛さはカプサイシンの1/1000程度と弱いのですが、カプサイシンとほぼ同じように4週間の投与で、褐色脂肪や白色脂肪の燃焼を促して、一日の基礎代謝を約50Kcal増加させて体脂肪の減少を起こさせたと報告しています。更に、カプサイシンの受容体であるTRPV1受容体を持たないマウスに投与すると、対照のような体重の抑制が起こらなかったので、カプサイシンと同じ受容体を介しての体重抑制効果ではないかと考えられています。唐辛子を食べると口の中が辛く、熱くなる以外に、消化管の粘膜の充血などの障害が出ますが、カプシエイトにはこのような問題がなく、脂肪燃焼、体重抑制に必要十分量を与えることが出来ると期待しています。 香辛料は初め薬味として医療効果が期待されて太古の人類が利用を始め、その後、医薬品としての効果の有る薬が開発されて、主に食事を楽しませてくれるアクセント、スパイスの地位を確立しましたが、再びその中から、体脂肪燃焼、体重抑制効果を持つ、新しい医薬品としての可能性を見出されたことは興味が持たれるところです。
世界三大香辛料の一つの唐辛子が辛みを失えば、香辛料ではなく、昆布、椎茸などと同じ良いうに、植物性旨みの仲間入りをすることも期待され、“辛くない食べるラー油”が発売されるようになれば、“辛い食べるラー油”愛好家はどちらに行くのでしょうか興味が持たれます。 




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