第4回 遺伝子と酵素とその活性
<2016年、生理医学ノーベル賞に思う>


2016年の生理医学賞は日本で予測していた先生方で無く、大隅先生がオ―トファジーで単独受賞されました。
2015年の大村先生も日本では候補に挙がっていませんでした。
その点では大隅先生に似ていますが、受賞理由は長年の治療に対する臨床成績の実績ですが、大隅先生の場合は今後の臨床応用への寧ろ期待で、山中先生の場合の期待に対する理由に近い独想的な基礎実験のように思います。
今一つの違いは、大村先生が複数の研究者との受賞ですが、大隅先生の場合は単独受賞で有ることは、ユ二―クで独創的である事を意味しています。
 ノーベルの遺言には、生理学又は医学に貢献した人と書かれています。ですから、生理、医学賞とでもいうべきですが、最近医学の治療に貢献した人の受賞が多く、日本のマスコミは受賞研究がどんな治療や新薬の開発に結びつくのかと、一般の人の関心を引く質問や記事を書きたがります。
大隅先生は短時間の実学を追うことは、ゆっくりと時間を掛けて基礎研究をしようとする日本の基礎研究を枯渇させる阻害に成ると厳しく戒めておられます。
マスコミは其れを逆なでするような記事を堂々と書くのは如何なものかと思います。

 大学が法人化され研究費の削減が問題に成っています。
一方、国会、都道府県の議員の政務調査費の増額、不正が問題に成っています。
これに相当する金額を、大学の研究室に配布して自由な研究をおこなわせては、更に優れた基礎研究がと言う考えがあります。
大学への研究費の配布を補う目的で、研究者自身が文科省等に助成金などを申請されます。それらの大半は税金ですので、自分で申請したお金でも血税ですので、それを肝に銘じて大切に使用することにしてください。
税金を出している一般の人がどう考えるかをよく考えて下さい。


 生物学研究の基本に成る学問としての生理、形態、生化学とモデルの選び方

 オ―トファジーは詳細な現象は別として、古くからその存在が知られていました。其れを大隅先生は動物細胞と同じ真核細胞で有る酵母を用いて、普通の光学顕微鏡で生きた状態で経時的に観察することに成功されました。
医学部の私達ですと、直ぐに、マウスの細胞の使用を考えると思います。培養細胞の様な実験に成り、生きた状態での経時的な構造変化の観察には可なりの装置と時間が必要に成ると思います。
同じ真核細胞で有れば、現象として基本的に酵母が動物細胞のそれと同じで有るとの広い基礎知識が大隅先生の頭に有ったからともいます。
此の様な広い学問的視野がゆとり教育だと思うのです。此のような先生の卓越した実験法がノーベル賞に結びついたと思います。
2015年の大村先生の場合では、受賞された抗生物質の産生菌がゴルフ場で先生が発見されたことを当時、マスコミが大きく取り上げましたが、抗生物質探しで、製薬会社などでも世界中の土壌から絶えず求めている事は日常茶飯事の事で、共同受賞したメルク社でも同じでしたが、宝くじに当たるよりも数百倍も確率が低いのです。大村先生の方法がノーベル賞を受賞される程ユニーク方法では有りません。
因みに、今回の新規物質を含む培養液が今までとは違った緑色を示していたとのことで、何か有るとの感が働いたそうです。
余談ですが大隅先生は4葉のクローバー差が私の名人だそうで、先生が此のあたりに有りますぞと言われると、皆で探すと効率に採れるそうです。両先生には常人に無い物探しの第6感をお持ちなのかもしれません。
一般の医師でしたら目標とする人の感染病では無く、家畜の伝染病の治療を計画され家畜の個体数では日本では不十分と考えられてアメリカのメルク社に協力を申し込まれたのです。
メルク社は協力を約束し、大村先生の化合物に目的の有効物資を見出し、受賞者にも成っています。
大村先生は動物で有効な物質が実用化されていれば、動物での安全性の大規模安全性試験が完了していることに成るので、其の化合物が人の病気にも有効で有れば、特別な動物での安全性の試験を行わなくても、直ぐに人の病気に利用できるとのユニークな考えでした。
その仮説が的中し、アフリカの人を悩ませていた難病の方を数万人以上も結果として救ったことに成り受賞に結びついた。
此の大村先生の動物での有効性と安全性に並行して行うと言うユニークなアイデアが受賞に結び付いたのではと私は思うのです。

 話は大分逸れましたが、数年前に阪大の吉森研究室のオ―トファジーノ研究がノーベル賞の候補に成った話を聞いた事が有ります。
当時、山中先生のiPS細胞話題の時で余り興味が持たれませんでした。
大隅先生の受賞を機に吉森先生のネットのホームページを見ますと遺伝子の関与などの詳細な研究には吉森先生が関与されているようで、数年前に受賞候補の話題に成ったことが良く分かりました。
ホームページの説明では私には十分理解できませんが、ファゴゾ―ムに消化すべきものが包まれると前駆物資からLC3―II遺伝子出来、それが結合することで袋状に成って、中の諸諸の蛋白質が消化されてアミノ酸に分解されて膜から吸収されて、必要な蛋白質に再利用されると言うと書かれて私は理解しました。
私の理解が誤っているかも知れませんが、結合には強弱は無く、all or noneの様です。生体の反応には、この様なall or noneの反応と強弱の反応が有って、多くは後者です。生理現象の心拍動でも、生化学反応のアルコールの酸化でもそうです。


 生化学、酵素活性、生理、形態と疾患

 疾患、例えば高血圧症はall or noneの病気では無く、強弱、高低の疾患です。
食塩の摂取量に大きく左右されていますが、其れには食塩保時遺伝子が関与していることも重要で有ることが明らかに成っています。
一つの遺伝子が見つかっただけで、全ての症状、特に強弱の説明が出来ないことが多いのです。
一卵性双子の研究で遺伝子が同じでも、表現型には可なりの環境因子が関与していることが研究で明らかにされています。
実験に用いられている純系動物は100%近くの遺伝子が均一ですが、同一の餌、環境で飼育しても尚、表現型の実験成績にバラつきの出ることは、常に経験するところです。
例えば同じ系の純系マウス50匹を市販の通常の餌で長期間飼いますと、或る年齢に成ると死亡する個体が出てきます。
同じ遺伝子、餌ですが、同時に死亡してしまうのではなく、1-2週間の間の死に絶えて行きます。
更に、同じ餌を80%程度与えますと、死亡する時期が遅くなり、すべての個体が死亡する時機も遅くなります。
即ち、最長寿命も延びる成績が報告されています。
前にも書きましたように、遺伝子はall or none でもその表現型には強弱、変動が有るのです。
今では以前に比べて遺伝子の探索は網羅的な方法で容易に行われるように成った様に思います。
学位論文で新しい遺伝子を見出すことをテーマで与えられ、早い時期に遺伝子を見出すことに成功することが有るのですが、其の後、生理作用を検索しても、関連した機能は明らかにされない場合が有ります。
最近、遺伝子検索が比較的簡単にできるので、先ず遺伝子の検査から始めるかと言う安易さが有ります。何か研究の進め方が、可笑しいのではと、古い私の様な人間には思えます。
意味の無い遺伝子が可なり有ることは以前から言われています。
 生体と言う無数の遺伝子が存在する背景の中で、1遺伝子で全ての個体で同じ表現型を示すかは疑問です。
その例として、レプチン関連の肥満糖尿遺伝子、所謂dbをC57BL/6jに入れると肥満が起こり、膵島は段々と肥大し、血中インスリンも増加して、初め肥満に伴う糖尿状態が起こって来ます。
しかし、インスリン値も正常以上に成り、肥満のまま糖尿状態は治癒してしまいます。
一方、C57BL/ksjに同じ遺伝子、dbを導入しますと、初めは6j同様に、肥満、糖尿が起こるのですが、月齢が進んでも血中インスリンの上昇は観察されず、寧ろ値は低下して行き、ksjはインスリン欠乏で痩せて死ぬのです。
そのときの膵島は全く荒廃しているのです。
dbと言う全く同じ遺伝子が、遺伝子背景の異る個体に存在した場合には、相反する表現形を示してくると言う重要な実験成績があります。
更に、8系統のマウスで実験した成績もあって、半分の4系統で同じような現象が冠されたそうです。
この成績を知らない糖尿研究者が多いのですが、臨床の場では、肥えて糖尿的に成らない個人、民族の居ることを経験している医師は多いのです。
古くからの諺で、木を見て森を見ずではないでしょうか。
 酒に強い人、弱い人は遺伝子で決まっていると言います。
アルコールの代謝はアルコール脱水素酵素でアセトアルデヒドに成り、其れが酸化されると酢酸になりエネルギーに成ります。
本当にアルコールに弱い人はアルコール脱水素酵素が無く顔が蒼く成って倒れるそうです。
所謂酒に弱い人は、新モンゴロイドと言われる一群の突然変異集団で、弥生時代に朝鮮半島から渡って来た人々と推定されています。
それらの集団はアセトアルデヒドが分解されず生体に溜まる為と考えられています。
アセトアルデヒドを酸化する酵素その脱水素酵素と、多くの薬物を酸化するP-450です。
此の酸化酵素は誘導が掛り易く、薬を連用すると効きにく成ったり、代謝物が毒性を持つ場合は副作用が出ます。
屡、お酒を飲む事を続けていると、酒に強く成る人が有ります。
これは酵素の基質誘導と言われる現象で、遺物を処理する酵素ばかりでなく、生理的な酵素でもよく観察される現象です。
 db遺伝子やアセトアルデヒド酸化遺伝子で紹介しましたように、遺伝子の表現型、活性が生体の環境で非常に変化することを、今の遺伝子優先、其れが複雑な生体の環境を越えて働いているように考えられる,今の若い研究者に考えてほしいと,古典的な生化学者は思うのです。




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